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山口晃展

今週末もプレゼンの準備で勝浦には行けない。
台風一過のこんなスッキリした天気なのに、
ずっと四谷にとじこもっていては、
まるで牢獄に入れられた囚人のようだ。

ええい!とばかりパソコンを閉じ、
クルマのキーをもって玄関を出た。

目的地は、群馬県立館林美術館。
そこでいま、山口晃展をやっている。
幼少期からの絵をはじめとし、彼のほとんどすべての作品が展示されていると知って、
いつかは行きたいと思っていた。

館林美術館は、館林の郊外、広大に広がる田んぼの中に、
公園やスポーツ施設と隣接して建てられている、
これまた広大な美術館だ。

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でも、中に入ると広さをそれほど感じない。
実際は広いのだろうが、よく美術館にありがちな、
クネクネと曲がりながらたくさんの展示室を回るような設計になっていないから、
そう感じないのだろう。

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Rを基調に横長に伸びた展示室の廊下は、
さんさんと光が入り込み、10月だと言うのに蒸し風呂のような暑さだったが、
その廊下の壁の向こうに広がる山口晃の作品群は、
ビシっと空調管理された空間にあるのにも関わらず、
廊下以上にむせかえる熱気にあふれていた。

山口晃というアーティストは、名前を聞いたことは無いかもしれないけれど、
五木寛之の『親鸞』の挿絵や、三浦しをんの『風が強く吹いている』の表紙を描いていたり、
CDジャケットやJTや公共広告機構のCMなどを手がけていたりするので、
「あ、この人か!」と、多くの人はその作品を見るとわかると思う。

しかし、これこれこういう世界観の絵を描く人だ、みたいなことが全く言えないほど、
多彩な絵を描きまくっているので、その辺の作品は彼の感性の氷山の一角だと思って欲しい。
その氷山の水面下、奥の奥まで素っ裸にしたのが、今回の展示である。

もちろん撮影禁止なので写真はないけど、
興味ある方は、「山口晃 画像」で検索してみてください。
どこぞに”平成の絵師”とあったけど、
その多彩さなのか、テクニックなのか、はたまた錯乱ぶりなのか、
ひとりの人間はここまで表現ではじけることができるんだ・・・
と、変なところで感動してしまった。

その感動は、会田誠氏の展覧会を見たときに似ている。
というのも、彼は1997年に会田氏の作った「こたつ派」という現代絵画集団のメンバーのひとり。
当時の展示会のリリースには、

  欧米の規範への恭順を強いる現代美術」と、
  その対極にある「不自然な伝統回帰」双方への違和感の象徴
  として使われます。
  それは生活と創作が乖離しない、こたつのような自然体な
  創作態度にしか文化の成熟は望めないという、
  会田の確信がこめられています。


とあるようだが、雰囲気を察してもらえただろうか。

「いやあ、でも秋だし、もっとしっとりとした芸術鑑賞をしたいんだけど・・・」
そういう向きには、
別館で展示されているフランスの彫刻家、フランソワ・ポンポンの作品などはいいかも。

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ここがその別館。
フランスのブルゴーニュ地方の農家の納屋を模した、という別館は、
え、ここが同じ美術館なの?と思わせるほど対極にあるけど、
入ってみると、1930年当時のポンポンのアトリエ空間が再現されていたして、
これはこれで面白い。
僕は彫刻にはいままであまり感じるものがなかったけど、
ポンポンの作品群はなんだかステキにおもえるなあ。
ポンポンという名前もいいのかもしれないけど・・・。

というわけで、2時間たっぷり見入ってしまった館林美術館だったが、
「ウォーリーを探せ」のような山口晃の物語的な絵を、
腰を曲げて近づいて見つめていたら、
久しぶりに軽いギックリ腰がきてしまった。

明日のプレゼンに響かないといいが・・・。
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